まだ、私がまったくお薬の世界に関心がなかったころの話です。
時期でいえば、実家にいたので、おそらく大学を卒業したすぐあとくらい。
新卒の就職活動に完全に失敗し、就職浪人と称してフリーターをしていた頃のこと。
母が、手にやけどを負い、大変痛がったときがあったのです。
どうしたらいいのかもわからず、とりあえずお薬を買い求めに、母の代わりに近所のドラッグストアへと向かいました。
皮膚薬の棚を前に途方に暮れる
今でこそそれなりに知識があり、やけどのときはまず何をするのか、その後どんな処置をすればいいのか、などの対応はわかります。
でも、当時は「とりあえずやけどしたらすぐに水で冷やす」くらいで、正しい対処法なんてものはほぼわからない状態です。
痛がる母を気遣い、ドラッグストアにとんできたものの、どんな薬を選んでいいのかも知りません。
どうしていいのかわからず困っていました。
近くの店員さんに声をかけてみた
私はあたりを見回し、一番近くにいた店員さんに声をかけました。
「母が手をやけどをして、しばらく冷やしたんですけど、水ぶくれになってしまってひどく痛がるのですが、どうしたらいいんでしょうか」
当時私は「登録販売者」なんていう資格の存在も知りません。
とりあえずくすり売場の近くにいたから声をかけたその人は、いくつか私に尋ね、話を聞くと、すっとひとつの塗り薬を迷わず手に取り言いました。
「このくすりを、やけどにたっぷり塗ってガーゼで覆って一晩おいてください」
それは、酸化亜鉛、カンフル、クロルヘキシジンが有効成分の、ジャーに入ったタイプの皮膚薬でした。
言われたとおりにお薬を買った結果
おそらくこれで痛みや腫れはひくと思うが、おさまらない場合は皮膚科へ、というようなことも添えられたうえで、その人は塗り薬を提案。
なんにも知らない私は、さしだされたたったひとつのくすりを藁にもすがる思いで購入。
私が店員さんに言われたまま、そのとおりに、母はやけどにくすりを塗りたくり、滅菌ガーゼで覆い、テープで固定し一晩を越えました。
すると……
翌朝、母のやけどの痛みは消え、やがてやけどは痕も残ることなくきれいに治癒したのです。
私はそのとき「くすり屋の店員さんはすごい」といたく感動したのです。
今でもふりかえり見本に考える接客
この出来事は自分がくすり屋の店員になった今も忘れることができないものとなっています。
けっして知識を振りかざすでもなく、私の話を真剣に聞き、迷わずたった一つの提案をしてくれた、あの店員さんの接客が、私の見本とするスタイルのひとつになっています。
そして同時に、自分に相談してくるお客様の心細さを、当時の自分のきもちを思うことで想像させてくれます。
常に意識しているわけでもないけれど、時々ふと立ち戻る、そんな出来事です。
人の記憶に残る「いい接客」ってなかなかない
私がまったくくすりの世界にも、登録販売者という資格にも興味がなかったころの話です。
その後、私は放送業界へと足を踏み入れ、2年ほどその世界で働いています。
退職し、薬局に勤め始めたのは、本当にたまたま偶然の選択でした。
あの時のあの人の接客に憧れて、とか、そういう思いは一切ありませんでした。
でも、自分が受けて何度も思い出すくらい強い印象の接客ってそうないですよね。
自分がこの仕事に就いて、私にくすりを選んでくれたその店員さんの接客が、どれほどすてきだったか。
今にしてすごく感じる部分があります。
お客様と同じ目線で、親身な接客ができますように。
笑顔で仕事ができることに感謝します。
今日も元気にいってらっしゃい。