ブログとは別に文章を書く機会があり、久しぶりに文書作成ソフトを開いて文字を打ち込んでいます。
私のブログは記事によって文章量はまちまちですが「とりあえず1000字書けたらオッケー」くらいのゆるいスタンスで書いています。
毎日文章を綴っているとはいえ、突然長文を書くことなんてできるのだろうかとも考えていたけれど、一度文字を起こしてみると、案外スムーズに筆が進むものです。
一方で、私は絵を描くのも好きで、幼いころの遊びといえばひとりで絵を描くか本を読むかのどちらかに決まっていました。
絵を描いてばかりいたので、子どもの頃の夢は漫画家だったし、中学生の頃は美術部に入部して部長までやりました。
そんな私ですが、文章を書くのと絵を描くの、どっちが一番好きかと聞かれると……
目次
文章と絵では「好き」の種類がちがう
結論から言って両方とも好きです。
やっぱり小さい頃から触れてきたものでありますから。
でも文章と絵では自分の中の表現手段としての感覚で差がある気がしています。
文章の方が表現の幅は広いかも
たとえば「○○というテーマについて表現しなさい」と言われたとき……
文章だと定められた文字数とかで、どんな構成や内容にすればいいかがおおよそ予測できます。
400字詰原稿用紙の枚数に換算して考えることが多いですが
「4000文字だと原稿用紙10枚くらいだからこういう構成でここを厚く書いてここを省けばいいかな」
みたいな予測を立てて、大体その通りに書くことができます。
絵の方が自分の中の表現の限界を早く打ち立てがちですね。
まず写実的な絵がまったく描けないです(ふざけちゃうから……)
絵の描き方のレパートリーが圧倒的に少ないですから、いつ何を描いても同じに見えてしまいます。
同じテーマを与えられても、条件で何パターンか書き分けられるのは絵よりも文章の方かもしれません。
文章の方が自己評価の目は厳しいかも
自分の実力はさておき「もっといいのを書かなきゃ」と、どんどんハードルを上げたくなるのも文章です。
よくあるのがものを書いている途中で「これ、つまんなくないかな……」と不安になる現象。
学生の頃は他人が書いたおもしろい文章を読むと、「おもしろい!」と思う以前に嫉妬心のほうが先行しました。
自分にはこういう発想が生まれない、という悔しさが芽生えるのも文章表現の方ですね。
絵の方はそこまでの不安感に煽られることがないです。
ゆる〜い気持ちで、ゆる〜い絵ばかり描いています。
文章の方が基本がわかっているのかも
これは単純に、文章の方は学校で勉強したことがあるから感じるのだと思うのです。
こういう時はこういうふうに書くものだという、マニュアル化が自分の中でできているかいないか。
文章はある程度人から叩き込まれているところもありますが、絵は完全に自己流。
誰から教わったこともありません。
だからこそ、自由気ままに描いているのですけれども。
でも、基礎ができてると応用に入りやすいですから、勉強したことがあるというのは大きいことだなと思います。
これからは絵の描き方も勉強してみたい
ということで、表現手段の幅を広げるためにも、もっと絵を勉強すればいいのかな〜と思うように最近なってきておるのです。
やっぱりくすりのこともそうだけど「知ってる」と「わかる」と「できる」って、モノの見え方が全然変わりますよね。
できれば「わかる」くらいのステージまでにはいたい。
そしていずれは「できる」人間でありたい。
自分はできると思うことって「楽しい」と感じることにつながると思います。
来年は、もっとお絵描きがたのしくなるような知識とスキルをつけていければいいですね。
それでは、今日も元気にいってらっしゃい〜。