やすみ 芸術

学校嫌いの私が大学受験に日芸を選んだ理由

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いつの間にか季節は秋!
と、改めて感じたのは、SNSのタイムラインに、大学祭の催しのお知らせが流れてくるようになったから。
そうか、もうそんな季節か~、もう8年も前の思い出だなんて信じたくない。

私が卒業した日本大学芸術学部も、毎年文化の日を挟んだ3日間を大学祭にしています。
今は、日芸祭っていうんですっけ。
私の学生時代は芸術祭でした。
何を隠そう私が日芸を受験する決め手となったのは、高校3年生のときに行った、大学祭がきっかけなのです!

え? 高校3年生の11月って、受験勉強も追い込みにかかるのでは?
なんだったらもう進路が決まっている人だっていたのでは?
そんな時期まで進路を決めていなかったの?
誰もがそう思ったことでしょう。
その通り、私はこの頃まで自分の行きたい学校がまったくわかりませんでした!

そもそも学校自体が好きではなかった私。
自分は県外へは行かれないと思っていたため、進路の研究も真面目にしていませんでした。
なんとなく地元の公立大学を志望していましたが、決して成績優秀でなかったため、模擬試験はいつもE判定。
とりあえず勉強はするものの、このまま受験に本気になることなく高校を卒業、志望校に受かることなく浪人もできないので就職が関の山かな、と考えていました。

それでも頭の中にぼんやりと、ラジオの仕事がしたいという思いがありました。
大学進学を逃したら、放送業界の就職は難しいかな、とか、放送作家ってどうやったらなれるんだろう、とか。

そんな思いを当時の部活動の顧問の先生に相談したんだと思います。
そこで私ははじめて日芸の存在を知りました。

放送について研究できることに興味は持ちましたが、まだまだ「学校」というもの自体に魅力を見いだせずにいました。
そこで近く進学相談会があることを知り、実際に日芸へ足を運んでみることにしました。
その時に同時開催されていたのが芸術祭です。

当時は今は無き所沢校舎での開催でした。
慣れない電車に揺られ、航空公園駅に降り立ち、バス停へ滑り込んだ学バスに乗りました。
バスを降りそこで見たのは、学生のいきいきとした表情と活気のある催しの様子!
それまで他の大学の様子も見てこなかった訳ではなかったので、構内の様子の違いに驚きました。
なんだかみんな楽しそう~。
私は進学相談会のことなどすっかり忘れて、大学内を歩き回りました。
学生の作品を見たり、舞台を見たり、さすが芸術の学校はちがうな~などと思っていました。

ぶらぶらと歩いていると、今からある校舎でラジオ番組の公開放送を学生がやることを知り、見に行くことに。
テレビスタジオ棟のガラス張りの一画がラジオのスタジオになっていました。
そのとき私の目が釘付けになったのは、ラジオDJでも作家でもなく、ディレクターをやっていた学生。
放送中ひとことも声を発することなく、その腕の動きひとつで、トークが始まり、音楽が変わる様子はなんともかっこよく映りました。
私もこれやりたい!
私が日芸の受験を決めた瞬間はそのときでした。

その後私は受験勉強に本腰を入れることとなりました。
公立大学に進学するとばかり思っていた両親には、突然高級車両が買えるほどの学費の大学を目指すこととなり、めちゃくちゃ言われることに。
でも「就職して返すから!」の一点張りで、奨学金を満額借り、なんとか目指すことを許されました。

その後、無事合格し4年間をこの大学で過ごすわけです。
高校を卒業するまで、私は、学校を楽しくて通う場所だと思ったことはありませんでした。
ところが、30になった今振り返っても、この大学時代の4年間というものはこれまで生きてきた中でも最高に楽しい時間だったというふうに思っています。
もちろん今は今でたのしく暮らしているのですけれど。

あの時、顧問の先生に相談していなかったら。
あの時、進学相談会へ行こうと思い立たなければ。
あの時、学生のラジオ生放送を見に行かなければ。

もしかしたら今また別の人生を歩んでいたかもしれません。
人生、何が運命の出会いになるかわかりませんね~。

受験を前にまだなんとなく煮え切らない思いでいるあなた。
自分の本当にやりたいことを考えてみてください。
そして自分に制限をかけないでみてください。
世界は広いです。
ぜひ一度、何かをあきらめる前にその世界を覗いてみてください。
もしかしたらあなたのやる気に火をつける何かがそこにあるかもしれませんよ!

それでは今日も元気にいってらっしゃい。

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